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2008.11.12
経済時間、生体時間。

・・・このコラムを読んだとき、心から本当にそうだ!と思った。この話に沿って、「人が産まれるときもお腹にいる時から性別を把握され、本人抜きで準備が進み、病気が見つかると産まれることすら阻まれる。病院の体制に合わせて出産の時間がコントロールされる。産まれ出ることにおいても彼らに主体は与えられていない」ともありました。
「出産、そして老、病、死。そのすべてを家庭、地域から排除し、専門職や市場に委ねた社会は大切なものを失っている。私たちがすべきことは委ねたものを生活の中に取り戻すこと」
この他にも携帯やテレビなどの生産、食料の輸入など尋常じゃないスピード(経済時間)ですべてが回っているように感じます。日々の暮らしを生体時間に戻したら、もっと快適でゆとりある社会になるんじゃないかな・・と思いました。需要があるから供給されるならば、需要が減っている今、不況だけれどチャンスなのかな・・とも。
生協雑誌クリム 老人ホーム所長村瀬さんのコラムより。
ちーまま
そうなのかな・・
老老介護 介護のために仕事をやめて
共倒れ・・そんなのを考えると・・・
専門職なのにが「なんちゃって専門職」しかなれないから たらいまわし 責任逃れ となり 生きずらい世の中になっている気がします
生まれることをコントロールする時代の前は 生んだ後売りに出す時代もあったこと 和忘れちゃったのかな・・・
みんな一人一人自分自身に責任をもって生きろ!生をはぐぐむという動物心理を忘れるな って思う・・・人が生きるということは子孫に何かをつないでいくということだから
老老介護 介護のために仕事をやめて
共倒れ・・そんなのを考えると・・・
専門職なのにが「なんちゃって専門職」しかなれないから たらいまわし 責任逃れ となり 生きずらい世の中になっている気がします
生まれることをコントロールする時代の前は 生んだ後売りに出す時代もあったこと 和忘れちゃったのかな・・・
みんな一人一人自分自身に責任をもって生きろ!生をはぐぐむという動物心理を忘れるな って思う・・・人が生きるということは子孫に何かをつないでいくということだから
2008/11/17 MonURL [ Edit ]
kou
私が思うに、介護や乳幼児を抱える世帯への負担は以前にも増しているのに、その責任を個人が負っていることがおかしい。働かなければ豊かな生活は送れない。働きたい気持ちもある。そこに介護施設や休日保育、病後児保育の増設。私はそうじゃなくて、介護や看病が必要な期間、日時は休める会社(社会)の仕組みが欲しいと心から思います。
いま、乳幼児抱えて仕事しているけれど、熱だしたら病後児保育へ・・は切な過ぎる。病気の時くらい側にいてあげたい。両親に介護が必要になったら、ケアサービスと休みを使いながら介護したい(重要度にもよるけれど)。甘いのかな。全部が全部国や地域の制度に任せていいのかな・・と。
携帯の基板を作るマシンの開発。生産枚数コンマ何秒縮められる?が日常会話。0.0000・・の世界で何が残せるんだろう。今も疑問で、その携帯を持ってる私も疑問です。
もっと自分の言葉で考えて、ちゃんとした意識を持って生きたいなっとちーままさんのコメントを読んで改めて思いました。
いま、乳幼児抱えて仕事しているけれど、熱だしたら病後児保育へ・・は切な過ぎる。病気の時くらい側にいてあげたい。両親に介護が必要になったら、ケアサービスと休みを使いながら介護したい(重要度にもよるけれど)。甘いのかな。全部が全部国や地域の制度に任せていいのかな・・と。
携帯の基板を作るマシンの開発。生産枚数コンマ何秒縮められる?が日常会話。0.0000・・の世界で何が残せるんだろう。今も疑問で、その携帯を持ってる私も疑問です。
もっと自分の言葉で考えて、ちゃんとした意識を持って生きたいなっとちーままさんのコメントを読んで改めて思いました。
2008/11/17 MonURL [ Edit ]
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